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「18か月の命」難病の女の子、新薬で迎えた2歳の誕生日

2018.02.28

アーク・キャリア シニアコンサルタントの白坂です。

今日2月28日は「世界希少・難治性疾患の日」です。

 

 生まれつきの難病で手足をほとんど動かせなかった小さな女の子が、新薬の力で歩行訓練ができるまでになった出来事を紹介します。

 

難病患者の生活の質を向上させようと、2008年にスウェーデンで提唱され、各国に広まりました。それに先立つ2月6日~12日、読売新聞朝刊くらし家庭面の企画「医療ルネサンス」で「難病の子 治療の扉」というシリーズが連載されました。最近、遺伝子治療など新しい医療技術が次々に登場し、難病の子どもたちの治療に光が差し始めています。その陰には、地道な活動で早期診断・早期治療に協力した患者会の貢献もありました。そんな最新事情を5回に分けて紹介したのが、このシリーズでした。

 

脊髄性筋萎縮症…生後2か月の娘、母親の苦悩

第1回に登場した女の子がいます。

この女の子は「脊髄性筋萎縮(いしゅく)症(SMA)」という難病で、なかでも生後6か月までに発症する「I型」という最も重いタイプ。人工呼吸器を使わない場合、ほとんどの子が1歳半までに亡くなる深刻な病気です。女の子は生後2か月だった2016年春に新薬の治験に参加してから、病状が劇的に改善しました。

 

「新薬のおかげで2歳の誕生日を迎えられた。今、娘が生きていられるのは、本当にかけがえのないこと」

 

お母様はそう話します。

 

でも、SMAに根本的な治療法がないと知ったときには、娘が病気であることをなかなか受けとめることができなかったそうで、治験のことを知っても、参加する気にはなれなかったと言います。「人体実験」のようで怖くもありました。育てるというより、看取(みと)ることばかり考えていた時期もあったそうです。

 

「俺一人でも育てる」…父の熱意

反対に、お父様は治療に積極的でした。夫婦の話し合いは平行線をたどり、毎日のようにけんかの繰り返し。敦史さんは離婚さえ口にし、「俺一人でも育てる」と譲りませんでした。お父様の熱意に促され、一緒に医師から説明を聞いた奥様。「可能性があるなら、信じよう」。ようやく前向きな気持ちになり、治験への参加を決めました。

それから2年近くが過ぎ、女の子は物を握れるようになったり、自力で座ったりと、だんだん元気になっています。「新しい治療で運命が変わった」。ご両親は女の子を愛おしそうに抱きしめました。

 

夫婦で一緒に子どもの未来を考える姿

ご両親は自宅に置いてある医療機器について説明してくれました。のみ込む力の弱い女の子の痰(たん)を吸引したり、血液中の酸素量を測ったりするものです。新薬の効果は出ていますが、こういった「医療的ケア」はいまも必要なのです。

ご家族は女の子を自宅で介護するため、看護師から一つ一つ機器の使い方を学びました。痰の吸引は多いときで10分おき。食事は鼻からチューブで一日に4回、栄養を入れています。毎晩、眠るときには、呼吸をサポートする鼻マスクを装着します。家族全員がサポートしています。

難病の子どもたちのお父さん、お母さんが、子どもを愛し、夫婦で一緒に子どもの未来を考える姿が描かれた記事を見て私自身勇気づけられました。同時に医療領域の人材をサポートしていることへの責任感も感じます。

新しい治療を受けられても、必ずしも介護がいらなくなるわけではありません。原因が分からず、治療法が見つかっていない病気もたくさんあります。新しい技術、新しい治療が進歩し、少しでも多くの方を助けることができるようになるといいですね。


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